飯豊山(いいでやま)山頂の不思議

飯豊山は日本百名山のひとつだが、この山は不思議な山である。
この山は実は縮尺の大きい地図でみると、新潟県と山形県の県境上にあるが、その縮尺を拡大していくと、この山の山頂付近は実は福島県であることがわかる。
30万分の一の地図だと、飯豊山は新潟県と山形県の県境にあるように見える。
30000iideyama
しかし、1/21000 の地図で見ると、なんとここは福島県である。
飯豊山山頂とその尾根伝いの山道は福島県になっているのである。
75000iideyama

なぜこうなっているのかをwikipediaで調べてみると

明治期に廃藩置県後飯豊山付近が新潟県に編入されたが、飯豊山神社を本宮とする福島県側の猛烈な反対運動により、参道にあたる登山道および山頂を再び福島県にすることで決着した結果である。その為、福島県の県境がいびつな結果になっている。

652年(白雉3 年)、知同和尚と役小角が開山したとされる古い山岳信仰の場である。飯豊山大権現を祀る修験の場として栄え、江戸時代初期までには修験道の修験者が多く訪れた。元禄期以降は修験色は弱まり、稲作信仰、成人儀礼、死者供養などを中心とする庶民信仰の形態に移行した。
また、明治初年の神仏分離によって飯豊山神社となり、地域住民から崇敬された。特に太平洋戦争前までは、飯豊山への登頂は少年の成人儀式として用いられたことから地域との密着性が高まった。15歳までに登頂しなかったものは一人前として認めてもらえなかったことから、盛んに集団登山「御山駆け」が行われていたのである。終戦後は、こうした習慣が廃れはしたものの、女人禁制が解除され、多くの登山者が訪れる山として変貌した。

こういうのを発見するのは地図の好きな人たちの最大の楽しみであり喜びでもあるようだ。

実は今回の会津行きの時に、おじさんから教わって初めて知ったことであった。おじさん夫婦はこの山に登られたそうである。
私もいつかぜひ登山してみたい。

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