スマホ持ち込みで入学試験

3月23日の毎日新聞の教育欄に「全国初スマホOK入試」という見出しの「注目学校ルポ」の記事で東京女子学園中学校の入学試験が紹介されていました。

たとえばその問題例。

「タピオカドリンクは東京で1日何杯売れているとおもいますか?」

「2月3日は節分です。ことしの節分に日本中でまかれる豆は全部で何粒でしょうか?」

問題用紙に載っているGRコードをスマホでよみとり、画面に表示された写真の撮影場所の地名を、導き出した経緯とともにウェブ上で答えさせる問題もあった。

さて自分ならどうするかな? けっこうむずかしいとおもうけどいまの小学生は案外簡単にといてしまうかもしれない

この記事の「スマホ 入試」で検索してみると次のような記事 https://www.j-cast.com/2019/11/27373758.html?p=all がみつかった。

これからの時代こういうのもありかなっておもうけれどどうかな。

カテゴリー: Goodnews | コメントする

子どもの好奇心に火をつける -探究学舎

3月20日の毎日新聞に「探求学舎」の記事がのっていた。「驚きと感動を探究心の種に」「子どもの好奇心に火をつける」という見出しがありました。私もこういう学びを子どもたちと共有したいものだとかねがね思っていたので、わが意を得たりという感じで読んでいました。

「おもしろ科学」ではこれは比較的簡単にできそうなのですが、こと「宗教」になるとこれはてんで難しそうです。でもこういう学びがいつかできるようになれたらと夢見ています。

カテゴリー: Goodnews | コメントする

映画「プリズンサークル」は日本版の「ライファーズ」

先週横浜の「ジャックエンドベティ」で「プリズンサークル」を見ました。「これはすごい! 日本でこんなことをよくできたものだ」と感動しました。ぜひおおくの人にみてもらいたいです。


わたしが代表をつとめているSIGNIS Japan は毎年カトリック映画賞をさだめて授賞式と上映会を行っていますが、その2004年度 第29回 カトリック映画賞受賞作品が「ライファーズ ー終身刑を超えて」(坂上香監督)でした。この作品はアメリカの刑務所で行われている終身刑受刑囚のAMITYという更正運動を取材したドキュメンタリー映画でした。

https://prison-circle.com/

わたしがSIGNIS Japan に関わりだしたのは17年前の2003年からですが、その後17回カトリック映画賞の選定に関わってきました。そのなかでもっともよかったのはこの「ライファーズ」だと思います。

坂上監督がアメリカまでいって刑務所の無期懲役者(ライファーズ)を取材するのですから、すごいとおもいました。その映像はとても迫力がありました。

でももっとすごいのは坂上監督が日本の刑務所でその更正運動をはじめてしまうところなのです。「取材許可を得るのに6年、取材に2年」かけてやっとここまでこぎつけたのだそうです。

映画自身は同じ囚人服をきて顔をぼかした受刑者たちが自分の過去についてかたる場面が多く、単調で眠くなりそうな場面もあるのですが、受刑者がよくここまでわかちあえるようになることがとても感動的なのです。
それを語っているのはとても犯罪をおかしたひとには思えませんでした。言葉づかいも正しくいっていることもとてもしっかりしているのです。

このTC(Therapy Community 治療共同体) の分かち合いはここまでみごとにひとを救えるのだと思いました。
TC が人を救うのはたとえば AA(Alcoholic Anonymous) やDARK(Drug Addiction Rehabilitation Center 薬物依存者の更正運動) あるいは「べてるの家」などの実践でみられるものですが、ここにもおなじ救いがあります
この救いがもっている「他人を救うこと二よってはじめて自分も救われる」という原理は私には「究極の福音」だと思います。

ついでに宣伝です。日本カトリック教育学会が監修した「福音み~つけた! -「宗教」「倫理」をまなぶために-」には「ライファーズ」{AA」「べてるの家」の紹介が掲載されています。
こちらもお読みいただき、手元においておかれると、きっとお役にたつであろうことを確信しています。

カテゴリー: Goodnews | タグ: , , , , , , | コメントする

「ややもすると」と「ややこしい」

「ややもすると」という言葉が気になったので、しらべてみた。

とかくある状況になりやすいさま。どうかすると。ともすれば。ややもすると。 何もせずに放置したままにしておくと、ある状態になりそうなさまを表します。 「やや」は「その状態に進んでいくさま」を意味しています。 漢字でかくと「動もすると」になります。

ついでに「ややこしい」の語源は「ややもすると」と関係があるのかもしらべてみた。

「ややこ」というのは、「幼子」、つまり「赤ちゃん」のことです。それが形容詞になったもので、イコール「手がかかって大変だ」という意味になります。

反対の意味は「ややこ」の反対なので、「おとな」。つまり、おとなしいが、反対の意味になります。
今の「ややこしい」の意味とは少し違いますが、原型はこのようです。

ことばっておもしろい。しらべていくと、意外なことにたどりつき、その結果をひとにしらせたくなるんですね。

このブログのトップへ

カテゴリー: Goodnews | コメントする

教会ホームページの活性化のための10の提案

1.教会が活性化すればするほど、教会ホームページも活性化する。そうでない場合、つまり教会ホームページは活性化しているが、教会は沈滞しているという羊頭狗肉なケースも「あり」。教会ホームページが教会を活性化することもありうる。
2.教会の建物や設備よりも、そこにどれだけ「信仰の喜び」が表現されているか、それを読み取れるホームページでありたい。
3.教会ホームページは、教会メンバーを対象とするのではなく、キリスト教を知りたいという人、教会を知りたい、行ってみたいという人の「目線」で表現され、そのニーズに親切に応えるものでありたい。
4.その教会ホームページの、ほかにはどこにも書かれていない個性的でユニークなコンテンツこそが《たから》である。どこにでも書かれているようなことは書かれているどこかとリンクをはればいい。
5.教会の信徒の《いきざまと信仰》があふれ出ている、この教会に行ってこの人と会ってみたいと思わせるような内容をあふれさせよう。
6.教会と地域との関係を表した記事も貴重な《福音=good news》である。町おこしや地域行事への参加、地域で活躍している人の紹介など。その地域を知るために調べているうちに教会ホームページに迷い込んでしまったというケースが生じるのが理想的である。
7.たとえば、キリスト教や信仰についての質問が投稿されるとする。それに神父さんだけが応えるのではなく、いろいろな人があれこれと異なった答えをできるシステムがあったらいい。
8.教会で行われている「入門講座」と連動しているホームページでありたい。
9.他の教会ホームページで行われていること、かかれていることを自分の教会でもやってみて、リンクを張る。他の教会のコンテンツもあたかも自分の所のもののように取り込むというのがかしこいやりかたである。
10。教会ホームページに笑顔の写真を溢れさせよう。人の顔をぼかしたり、顔のない写真をアップするのは《愚の骨頂》である。プライバシー恐るるに足らず。
11.ホームページに掲載する記事を主任司祭の事前検閲制ではなく、アップしたらそれをチェックするというし事後報告制にする。
12.その教会の独自なテーマがあったらいい。たとえば「家族」たとえば「教会と音楽」たとえば「祈り」。そのことを知りたいならそのホームページにいけばいいというふうになったらいい。リンク集だけでもいい。たとえば「キリシタンを主人公とする小説リンク集」みたいなもの。

このブログのトップへ

カテゴリー: Goodnews | コメントする

大震災の時に流れた Good News

2019年5月25日京都のカテドラルで京都教区福音宣教企画室主催の役員・広報担当者研修会がおこなわれます。
わたしはそこで「ソーシャル・ネットワークで福音を発信する」というテーマで講演をします。
そのときに「大震災の時に流れてきた Good News」を紹介しようと思います。

「あなたがたの神を拝ませてください」

「Finding Faith amid Disaster(悲劇の中に信仰を見出す)」

Finding Faith amid Disaster

「10 Things to Learn from Japan 日本から学ぶべき10のこと」

なぜこんな悲しいことが………1

なぜこんなに悲しいことが….2

追善供養合同祈願祭 in 鎌倉

大船渡のイーピックスからの Good News

驚きのハレルヤコーラスを見つけた

日本人の静かなパニック

『復興の狼煙」ポスタープロジェクト

『復興の狼煙」ポスタープロジェクト

「風評被害」野菜の産直販売を教会でしました

地獄の中に天国が立ち上がる A paradise built in hell 「災害ユートピア」

これをみての感想をお書き込みください。

このブログのトップへ

カテゴリー: Goodnews | コメントする

『平和ってなんだろう~「軍隊をすてた国」コスタリカから考える』

Satoshi Nakai さんのfacebook で「読書記録」が紹介されたので、ここでシェアします。

今月の読書記録3冊目!
『平和ってなんだろう~「軍隊をすてた国」コスタリカから考える』

 第二次世界大戦後、その紆余曲折は異なれど、日本と同じように平和憲法を持った国がありました。それがコスタリカです。植民地でしたから未だ発展途上国でそれほど豊かな国ではありません。が、この国は軍隊を持たないことを決めた国です。そして軍隊を持たないことでの平和外交を繰り広げています。同じ平和憲法を持った国の別の道筋をコスタリカは日本に見せてくれています。日本は豊かな国です。間違いないだろうと思います。でもそれは、全体的にみたらそうだということです。残念ながらそれを享受できない人達もいるし、そもそも豊か=平和ではありません。幸福度が高いわけでもありません。逆にコスタリカは豊かではないですが、この国の国民達は民主主義をよく理解し、幸福を感じ、平和を感じながら生きています。
 作中にこんなことが書かれていました。「多くのコスタリカ人は普段、軍隊のことなど口にしない。にもかかわらず、軍隊は必要かと直に問うてみるとほぼ100%の確率で「必要ない」もしくは「あってはならない」と答える。」という文です。軍隊を持たないことで様々な国難にも見舞われましたが、軍隊を持たないことでそれに耐えることが出来ました。
私たちは北朝鮮、韓国、中国などとやり合っていくためには軍隊が必要不可欠ということが当たり前になって、私たちは実は思考停止になっているかもしれません。そう思わせる作品でした。この本を書いたコスタリカ専門家の足立さんもやはりヨハン・ガルトゥングの影響を受けていました。私に新しい気づきを与えてくれました。読了^^

そうしたら映画「コスタリカの奇跡」という映画を誰かが紹介していました。
こちらもチェックしてみてください。

本も映画も早速見てみたいものです。

カテゴリー: Goodnews | コメントする

Siervas シスターズのロックバンド

今、パナマで開かれているWorld Youth Day (WYD) には日本からも代表団が送られている。WYDにはローマ教皇も参加し、100万人規模の参加者が集まるという。このWYDにゲスト出演が予定されているのが、ペルーの修道女たちのロックバンド Siervas である。

以前イタリアのウルスラ修道女会のシスターがヒットを飛ばして有名になったことがあったが、これはペルーのServants of the Lord and the Virgin of Matará (SSVM) という修道女会の11人のシスターで構成されている。そのなかにはヴァイオリンをひいている Sr.Arisa という名の日系人も加わっている。
修道服が皆異なっているので違う修道会のシスターたちかと思ったがそうではないらしい。
SIERVAS スペイン語で service という意味。
YouTube には数曲がアップされている。

このブログのトップへ

カテゴリー: Goodnews | コメントする

「恥」という漢字はなぜ「耳へん」なのか?

漢字のなかにこの字はなぜこういうつくりなのか?という疑問をもつことがある。以前い「虹」はなぜ虫へんなのかという問いをもって調べたことがある。
今回は「恥」という字はなぜ耳へんなのかということをしらべてみた。

そうしたらここに答えをみつけた。

中国語のよみが共通だったという形成文字説。
「耳のようにやわらかく、心がやわらぎいじけてしまう」という意味
「はずかしい」とまず「耳」が赤くなるから、それで「恥」と書くのだ、という会意文字説

私は恥をかくと耳があかくなるからという説がもっともらしいとおもう。

カテゴリー: Goodnews | コメントする

須賀敦子詩集から 「主よ 一羽の鳩のために」

須賀敦子の詩集が発見され、この3月に河出書房新社から刊行されたという新聞記事をよんでさっそくアマゾンに注文した。
その帯にはこう書かれていた。

30歳の日々、ローマでひとり呼びかけつづけた「あなた」への魂のことば ―
没後20年にして新たに発見された詩稿は、須賀敦子が詩人であったことをあきらかにした。祈りと慰めの韻律は、静かに、そして深く、心をゆるがす。

ぼく自身は信仰についてなにも知らないまま、信仰ある人々は常に内心で主に話しかけているのではないかと想像している。祈ることは勝手な欲望を訴えることでなく、まずもって語りかけること、答えを期待しないままに思いを伝えること、それによって結果的に自分を律することではないだろうか。(池澤夏樹「解説」より)

いい詩がたくさんあるけれど、やはりこの詩集の標題となった「主よ 一羽の鳩のために」を含「同情」という詩がいちばんいい。

同情

つめたい秋の朝の
ラッシュアワーの停車場前
がつがつとパン屑をついばみ
せはしげに まばたきして うずまく
青、灰、緑の
鳩の波に
ひとり 背に 首をうづめて
うごかぬ おまへ
セピア色の 鳩よ。

あゝ
わらっておくれ
うたっておくれ
せめて みなにまじって
わたしを安心させておくれ。

(いろがちがうからといって
なにも おそれずとよいのだ。)

主よ 一羽の鳩のために
人間 が くるしむのは
ばかげてゐるのでせうか。

ヴィクトリア・ステーションにて 1959/9/7

(もつことは)

もつことは
しばられることだと。

百千の網目をくぐりぬけ
やっと
ここまで
ひとりで あるいてきた私に。

もういちど
くりかへして
いひます。

あなたさへ
そばにゐて
くだされば。

もたぬことは
とびたつことだと。

1959/6/25

あとの詩は、わたしに須賀敦子を紹介してくれた人にすすめたい詩である。

このブログのトップへ

カテゴリー: Goodnews | コメントする