パストラル・ダ・クリアンサとアルンス女史

arns 2月5日の朝日新聞に「ブラジルのマザー・テレサ アルンスさん 乳幼児支援の矢先 震災死。ハイチ初訪問、教会崩壊」という記事があった。

 中南米の貧しい子どもたちの命を救い「ブラジルのマザーテレサ」と呼ばれた女性小児科医が、ハイチを訪れていて大地震で命を落とした。中南米でもっとも貧しい国ハイチは、乳幼児死亡率も最悪水準だ。彼女はこの国でも子どもたちは自分たちの支援を必要としていると、活動を広げたばかりだった。
 1月12日午後4時53分。ポルトプランスのサクレクレール教会。ブラジル人小児科医ジルダ。アルンス・ニウマンさん(75)は150人の聴衆を前に1時間半の講演を終えたところだった。
 そこへ地震が襲った。逃げようとしたアルンスさんの足元からベランダが崩れた。その場にとどまったスマール神父は助かったが、教会は半壊し、アルンスさんの靴しか見つからなかった。翌日PKO部隊ががれきの下敷きになった遺体を見つけた。

 「彼女はブラジルのボランティア団体『パストラル・ダ・クリアンサ』を設立した。」という記事を読んで、この名前に心当たりがあったことを思い出した。
 去年の10月タイのチェンマイで開かれた SIGNIS World の世界大会で講演をした女性は、「パストラル・ダ・クリアンサ」の代表を名乗っていたからである。
 さっそく SIGNIS World の世界大会プログラムを引っ張り出して見てみた。たしかに「Human Rights -Children’s Rights」というテーマの講演をしていた彼女の名前は Dr.Zilta Arns Neumann とあった。この朝日新聞の記事の人物である。彼女がハイチの地震でなくなったんだ。衝撃が走った。

 アルンスさんは、劣悪な衛生状態の中で下痢によって脱水状態で死んでいく乳幼児の命を救う活動を、スラム街や貧しい農村で広げていった。現在この団体はブラジル国内4000の自治体で活動。国外でも中南米、アジア、アフリカの19カ国で活動する。ノーベル平和賞の候補として3度名前が挙がったという。

 新聞の記事にはこう書かれていた。「彼女はこういう人物だったんだ。SIGNIS はそういう人物を招いていたんだ。」あらためて SIGNIS World の存在を見直したとともに、アルンスさんの死がとても身近な物となって迫ってきたのである。
 あらためて追悼の意を表したい。

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