いろいろな刺激を識別できる特別な能力

 私の友人(女性)はとても感覚的に鋭敏な方で、こういう方がおられることにとても感動しました。
 鳥の音や時計のチクタクや味や匂いをとても良く聞き分ける特別な能力をもっておられるのです。本人はそれを特別な能力だと思ってはおられないようで、「えっ! みんなそうでないの?」とおどろかれるところがまたまた不思議です。
 尾籠な話で恐縮ですが、こんな話をしておられました。
「トイレに入って、前の人の匂いが残っているときに、その人が何を食べたのかをかぎ分けることができるんです。普通の人はその匂いは不快だから嗅ごうとしないだけのことでよく匂いを嗅いでみるとわかるんです。一番よく分かるのはしいたけですね。自分のにおいでももちろんよく分かりますけれど、ひとのほうがよく分かるような気がします。」
 人がいい匂いには敏感だけど、不快な匂いは嗅ごうとしないからわからないのだということになるほどと思いました。

 日本酒の品質を判定したり、その銘柄名をあてたりするのを「利き酒」といいます。この「利」という字が気になりました。「利益」「便利」とかいう意味のほかに「鋭利」つまり鋭いという意味もあります。この漢字の旁の部分は「りっとう」つまり「刀」ですから、「鋭い」という言葉がもともとの意味で、「よく切れる」→「便利」→「利益」というように意味が発展していったものと思われます。
 そういうふうに、感覚的に研ぎ澄まして、区別できることを「識別」といいます。これに「利き酒」の「利く」という漢字が当てはめら、それがたぶん音で「聴く」というのと同じような音の響きを持つことがとても興味深いです。
 そしてその聞き分ける力(識別能力)というのは、訓練するとかなり上達します。鋭敏に研ぎ澄まされていくのでしょう。

 キリスト教では、神の声を聞き分ける力が必要とされます。祈りとは神にお願いを述べ立てることよりも、神の声を聴くことです。もちろん直接物理的な音として聞こえることはほとんどないでしょう。でも私たちの日常的な現実の些細なことをとおして、人との叫びをとおして、あるいは世界の出来事をとおして、神の声を聞き分けることが必要です。
 ときにその「匂い」は不快なものかもしれないけれど、そらさずに匂いを嗅いでみるとその神の声が聞こえてくるということもあるような気がします。
 すみません。神の声をトイレの匂いにたとえてしまった不謹慎さをおゆるしください。
 「メアクルパ! メアクルパ! メアマクシマクルパ!」(これは昔のラテン語の「告白」の時の祈りの言葉です。これは胸をたたきながら唱えました)

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