「小説蒲生氏郷」を読む

gamou「小説蒲生氏郷」(童門冬二著 集英社文庫)を読んだ。700ページというぶあつい文庫本である。上下2巻にはせずに「全1冊」としたのはなぜか? わかるような気もするのだが……………。

かつて織田信長から受けた薫陶を忘れず、商人優遇の領地経営を心がける戦国武将・蒲生氏郷。戦場往来で出世を重ね、独自の経営哲学を実践するかれの周囲では、さまざまな商人が、新たな人生をきりひらいていく。乱世に芽吹いた商いの道とは何か。後に「近江商人育ての親」と呼ばれる蒲生氏郷の生涯を通じて”商いの原点”を高らかにうたいあげた異色の戦国ロマン。全1冊・決定版。

表紙にはこういう紹介があった。
そういえば蒲生氏郷については、松坂、会津若松、福島などの命名者としてこのブログでも紹介したことがある。
確かそのときも童門冬二の文で知ったことだったと思う。

この紹介にあったように、たしかにかれは近江の商人たちとともに成長したことがよくわかる。領内の商業を盛んにして民も大名も豊かになることを実践した。そういう意味で珍しい戦国大名だったのかもしれない。

わたしの関心は実は、キリシタン大名であった蒲生氏郷はその信仰をどう生きたのかということにあった。そこでこの本を読んだのだが、残念ながらそのことはこの小説ではほとんど触れられてていない。
ただ後ろの年表には

天正12年(1584年)29歳。伊勢松ヶ島城12万石を賜る。家臣12人をローマに派遣。
天正13年(1585年)30歳。このころ洗礼を受けキリシタンとなる。洗礼名レアン。
天正14年(1586年)31歳。家臣をローマに派遣。
天正16年(1588年)33歳。異母弟たちをローマに派遣。

とあった。蒲生氏郷はしきりにローマに家臣を送り、何かを試みていたわけである。それがなんであるのか、そして彼にとってキリシタンとなることはどういうことだったのか、とても興味を引かれることである。またあらためて調べていきたい。

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