遠友夜学校と新渡戸稲造

札幌に行ったついでにぜひ訪れてみたかった遠友夜学校記念室にいった。札幌市資料館にこの10月に新しく設けられたという。

この遠友夜学校は、明治24年に母校札幌農学校(今の北大農学部)の教授として札幌に戻った新渡戸稲造が、その2年後に創設した私立の夜学校である。
妻の萬里子夫人(メリー・P.エルキントン)にアメリカの実家から1000ドルの遺産が届いた。この遺産で稲造の夢であった、学校に行こうとしても行けなかった子どもたちのための夜学校が実現した。

校名の由来は論語の「友あり、遠方より来たる。また楽しからずや」で、遠い国から届いた遺産を役立てたことの喜びが表現されている。
この学校のモットーは「学問より実行」であり、また「何人にも悪意を抱かず、すべての人に慈愛の心を持って(Wth malice toward none, With charity for all)」というリンカーンの言葉であった。

この学校の教員たちは、北大の学生たちがボランティアで無償であたっていた。
また1909年から1914年には有島武郎が代表を務めていたこともあった。この学校の校歌は有島武郎の作詞である。気概のこもった校歌である。

遠友夜学校校歌
作詞 有島武郎

沢なすこの世の楽しみの
楽しき極みは何なるぞ
 北斗支ふる富を得て
 黄金を数へん其時か
  オー 否 否 否
  楽しき極みはなほあらん

剣はきらめき弾はとび
かばねは山なし血は流る
 戦のちまたのいさほしを
 我身に集めし其時か
  オー 否 否 否
  楽しき極みはなほあらん

黄金をちりばめ玉をしく
高どのうてなはまばゆきに
 のぼりて貴き位やま
 世にうらやまれん其時か
  オー 否 否 否
  楽しき極みはなほあらん

楽しき極みはくれはとり
あやめもたへなる衣手か
 やしほ味よきうま酒か
 柱ふとしき家くらか
  オー 否 否 否
  楽しき極みはなほあらん

正義と善とに身をささげ
慾をば捨てて一筋に
 行くべき路を勇ましく 
 真心のままに進みなば
  アー 是れ 是れ 是れ
  是こそしき極みなれ

日毎に業にいそしみて
心にさそふる雲もなく
 昔の聖今の大人
 友とぞなしていそしまば
  アー 是れ 是れ 是れ
  是こそ楽しき極みなれ

楽しからずや天の原
そら照る星のさやけきに
 月の光の貴きに
 心をさらすその時の
  アー 是れ 是れ 是れ
  是こそ楽しき極みなれ

そしらばそしれつづれせし
衣をきるともゆがみせし
 家に住むとも心根の
 天にも地にも恥ぢざれば
  アー 是れ 是れ 是れ
  是こそ楽しき極みなれ

衣はやがて破るべし
えひぬる程もつかの間よ
 朽ちせて止まじ家倉も
 唯我心かはらめや
  アー 是れ 是れ 是れ
  是こそ楽しき極みなれ

遠友夜学校は昭和19年に閉校したが、その後遠友塾という自主夜間中学校として今もその精神を受け継いで存続している。

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