日本人の静かなパニック

あの日以来始めて会う友人たちには、いつも「そのときあなたは」と言うのを聞くことにしている。というか、こちらが聞くよりも前に勝手に語り出すのが普通である。

そんな中の一つ、ある友人がこんなことを話してくれた。

震災のあった翌日、大きなスーパーに買出しに行った。案の定、いくつかの生活必需品は品薄になっていて、それを買いあさる人たちの姿をあさましく思ったそうである。
多くのものを買い込んだ人たちがレジ前に長蛇の列をつくっていて、皆静かに順番を待っていた。
ところがあるレジの前にはあまり人が並んでいない。普通だったらそこを目ざとく見つけた人が並びだし、われもわれもと続いて直ぐに他の列と同じように長蛇の列になるのだが、この日は違った。
その列に人が並ばないのである。「レジの店員がこちらにどうぞ」と言っても並ばない。
かれは店長と思しき人に「もっとあの列に並ぶようにお客さんに言ったらどうですか」と言ったのだが、その店長氏いわく「何度か言っているのですが、どうしてもだめなのですね。お客さんもみんな静かなるパニック状態で」
ついにその店長氏はその列にならないレジを閉鎖してしまった。

この話を聞いて、私も思い当たることがあった。
私はあの日、妻が通っていた絵の教室のある横浜関内まで車で迎えに行った。国道は信号も消えていて、ほとんど動かない渋滞である。普通だったら20分でいけるところを3時間半かけてようやく目的地に着いた。
帰りも渋滞である。往きよりももっとひどかった。
桜木町の駅から横浜駅にかけて、高架の下を走る道路をとおった。こちらは渋滞である。
ところがその横の道路は渋滞していない。変だなとおもうのであるが、誰もそちらに行こうとしないのである。
わたしもそのひとりであった。横道に入ればすぐにそちらの道路に入ることは難しくないのだが、なぜかそちらに移る気がしない。
これは平常であったら、誰もが抵抗なく渋滞を避けてそちらにうつり、そちらも渋滞する。
ところがこの時は違った。
「なんでみんなあちらの道路に行かないのだろうか」と疑問に思いながら、ひとり渋滞から抜けてそちらに行くのがわるいような、そのまま渋滞の中にいるのが安心のような、そんな気分であった。
かくいう私も何かに縛られたように渋滞のなかにいた。正常な判断ができなかったのである。
結局家に帰ったのが深夜の2時半。あのとき隣の道路に行っていたらおそらく12時には帰れたはずである。

友人のスーパーの列の話を聞いて、そういえば「私もあの時そうだった」と思い当たったのである。
わたしもまぎれもなく、あの「日本人の静かなパニック」のなかにいたわけである。
こういう話はきっとまだたくさんあったに違いない。たしかに多くの日本人はこの「静かなパニック」状態だったのだから。

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