「?が!に変わるとき」小国綾子著を読んだ

 鶴見図書館に「?が!に変わるとき」(小国綾子著 汐文社刊2014年刊)という本があったので借りて読んだ。著者は毎日新聞の記者。私は毎日新聞を購読しているのでこの記者のコラムをよく読んで切り抜くことが多い。毎日の女性記者たちが書くコラムはいつも楽しみにしていてでていると必ず読んでしまう。
 それとこのタイトルがいい。疑問符が感嘆符に変わるときというのは新聞記者の仕事そのものだという。

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 子どものころは、回り道や迷い道が怖かった.でも今は違う。迷うのは自分で選ぼうとしている証拠。自分の頭で考えている人だけが得られる「勲章」みたいなものだ。そしてどうしても迷ってしまったときは、<やったことのない方を選ぶ>と決めている。

できることでできないこともある。できないことでできることもある。

 この新聞記者は子どもを授かって育児休暇中に、生後6カ月の息子を連れてスペインに3週間の旅に出かけた。こどもに「あんたは最高の旅の相棒だよ」というくらいにいい旅だったという。

 このたびは「赤ちゃんがいるけどできる旅」なんかじゃない。息子がいてくれるから出会える人、出会える光景がある。「赤ちゃんがいるからできる旅」なんだ。

 すべての人生の体験は、できたという体験も、できなかったという体験も同じくらい、記事を書くことにいかすことができる。できることとできないことには、同じくらい意味がある。どんな悲しい経験も、情けない失敗も、悔やんでも悔やみきれない過去も、記事を書くときには道を示す羅針盤となってくれる。それが新聞記者、という仕事だ。

 同じく新聞記者の夫がアメリカ駐在員になったときに、著者は新聞社を辞めて夫と子どもを連れてアメリカの生活をした。新聞社は辞めたけれど新聞記者の仕事はやめなかった。

 知れば知るほど書けなくなるなら、なにも知らない今がチャンスなのかも。
 知らないからこそ、書けることだってあるんじゃないの?
 書きながらこの国を知っていけばいいんじゃないの?
 今、思えば向こう見ずな結論だ。それでも、私は即決で週刊誌連載の話を受けた。
 連載するにあたって、最初に決めたことがある。それは「専門家を目指さない」ということ、「知らないことは知らない、と正直に書く」ということ。

 できるだけ遠くの人に言葉を届けたい―――。
 ………………
 似た考えの人に言葉を届けたいんじゃない。内輪で盛り上がるだけじゃ嫌だ。もっと遠くにいる、手の届かないところにいる、考えの違う誰かに、読んでもらえるようなものを書きたい。批判されてもいい。「賛成」や「反対」に簡単に色分けできるものではなく、対話のきっかけになるような、お互いに歩み寄るための橋を架けられるような、そんな言葉を届けたい。

 この本には著者の新聞記者としてのこれまでの生き方がよくわかってとてもおもしろかった。巻末に著者のFBのアドレスが載っていたので、思わず友だちリクエストをしてしまった。

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