若松英輔が「松尾堂」でいいことをいっていた

 今巣ごもり中で、家で「つっちいの『宗教』の授業」づくりと家の庭の草取りと書類の整理を行っている。いずれもこれをしながら、NHKFMの「松尾堂」を聞いている。
 きのうたまたまきいた2018年11月6日の放送分は若松英輔さんとショッピングモールの歌姫半崎洋子さんが出演していた。タイトルは「「言葉の深みに触れる」。半崎さんの歌もとてもよかったのだが、それ以上に若松さんのトークがとてもよかった。
 ラジオを聞きながらその発言をメモしてみた。

大震災の時に言葉を届けたい。
大きな翼を持って遙か彼方に飛んでいく。
素朴な言葉を探す。
その言葉が光になっていきながられる

言葉を運ぶことがもう少し意識されたい。
二つとないものを送りたい。
詩を送りたい。
詩人が書くものになってしまった。
なぜ詩は書かなくなったのか

人は本当に大事な人に言葉しか贈れないときに
人は言葉しか贈ることがないときにとんでもないことを書く。
普通の人がとてつもないことばを書く。
詩は言葉たり得ないものを入れる器。
書かれている以上のものを受け取る。
詩は書きたいときにはかけなくて詩が来たときは、僕の体調がどんなに悪かろうとペンを握らせるくらいの力がある。
詩を書くときに僕は言葉の道具になる
ものがきにとって言葉は一緒に仕事をする仲間。一緒にやっている。
いつか言葉に見放されるのではないかという緊張感、潜在的恐怖感

書けないというときは、「私は書けない」ということからは始め「書きたいのに書けないのはなぜだろうか?」というように書いたら、3行目からは書き始めます。「私は書けない。書きたいのに書けない。あの人に思いを伝えたいのに書けない」と始めればいいものを書ける。書けないというときにいいものを書ける。

「騎士」という若松さんの詩も紹介していた。

    騎士                若松英輔

いつも君の傍らにはいられない
だから僕は言葉を紡ぎ続ける
君が苦しいときも悲しいときも
迫り来る不安に押しつぶされそうになるときも
部屋でひとり膝を抱えて涙を流す
離れた場所にいても言葉がそばにいられるように
君に襲いかかる試練の日にも
燃え尽きることのない強靱な言葉のためならば
我が身を捧げてもかまわない
僕は弱い
だから鋼鉄の甲冑を着た騎士にはなれない
でも僕の胸をつんざいて生まれた言葉は違う
それは目に見えなくてもいつどんなときにも君を守り続ける
藍色の旗を掲げた不滅の騎士だ。

早速この詩集「見えない涙」とエッセー集「悲しみの秘儀」を図書館に予約しようとしたら、図書館は休館中で図書の貸し出しも中止していた。がっかり。

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