元旦初詣巡礼

昨日の元旦は、朝9時頃教会に行き、教会のまわりを清掃して、10時からのミサにあずかりました。ミサの後の教会賀詞交換会に出てから、ひとりで総持寺に初詣に行き、JR鶴見駅で元日の新聞を買い込んでから近くの熊野神社へ巡礼をしました。
これは毎年恒例です。

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総持寺に行って楽しみにしていることは、総持寺白字会発行のちらしをただでもらえることです。昨年もらったものは部屋に張っておいたら、ほとんど毎日のようにいよさんが読んでいました。
今年は「利行」と題するものでした。
なかなかいいメッセージだと思います。私も今年は特に心がけたいと思うようになりました。
それで、初詣にならんで入った仏殿の中には、こんな祈祷項目が貼ってありました。毎年思うのですが、この祈祷項目には「世界平和」がないのですね。せめて「震災復興」というのはあってもいいと思いますが、祈祷料を払ってまでしてそういう祈願をする人がいないということなのでしょうか? そんなはずないと思うけれどな。

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「利行」というなら、祈りも先ず自分のためよりも人のために祈ることが先ではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
総持寺の正門入り口のところの看板は、こういうのが出ていました。こちらの方は難しくて意味がよく分からないのですが、解説を書いた紙が用意されていて、それには次のように書かれていました。

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あの困難に際して、各地で他のために敢然ときわめて厳しい状況に立ち向かった人びとが無数に多く現れました。我が身を省みずに他を救わんとして命を落とした方も和限りありません。
残された私たちは多くのことに気づかされ、多くのことを教えられました。ろうそくの芯は自らが燃えて、熱い思いをしながら光を放ちます。このたびの震災で、命がけで他の命を救おうとした方々の行為によって、日本国中の人びとの心がどれだけあかるくてらされたことでしょうか。
表題の言葉は、螢山禅師のお言葉です。お釈迦様の尊い教えが絶えることなく、受け継がれてきたありさまを示されております。………だからこそ、あの震災の危機的状況の中で自分だけが救われることを望まず、先ず他人をお救いしたいという自未得度先度他の仏の行いが実践されたのです。

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