愛する妻清子さんの「天に召された日」

こんな歌を清子さんの訃報を知った友人が送ってきた。涙なしには読めない聞けない見られないそんな詩で歌でアニメだった。特に今の私には。
まさに今の私のために作られたんじゃないかと思った。

歌:JULEPS 作詞:秋元康 作曲:井上ヨシマサ

ある朝目覚めたら 神さまが待ってた
命に終りがくると そっと知らされた
どうして僕だけが 旅立つのか?
運命のさざ波に 声は届かない

一番近くの大事な人よ
しあわせだったか? それが気がかり

もしも僕がいなくなったら
最初の夜だけ泣いてくれ
君と僕が過ごした歳月を
思い出しながら見送って…

いつかは誰もみな 迎えが来ると
わかっていたはずなのに 他人事のようで…
夕陽がいつもより美しくて
知らぬ間に溢れ出す 感謝の気持ち

今まで一緒に歩いた人よ
残して行くこと 許して欲しい

君と会えて幸せだった
朝の空見上げ微笑んで
僕はきっと日差しになって
見守っているよ 君のこと

もしも僕がいなくなったら
最初の夜だけ泣いてくれ
君と僕が過ごした歳月を
思い出しながら見送って
思い出しながら見送って…

 愛する妻の清子さんが5月3日急逝した。
 前の日はまったく元気で「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」と「ラララミュージック マスネー『タイスの瞑想曲』」のビデオを見たあと、「もう寝よう」と言ってそれぞれの寝室に別れた。
 翌朝6時40分頃、「朝だよ!」って起こしにいったら清子さんの反応がない! すでに事切れていた。
 まったく「信じられない! 昨日はあんなに元気だったのに、こんなのうそだよ! 清子さん、起きて!」何度も呼べども返事がなかった。
 こんなことってあるのか。神さまが突然清子さんを連れていっちゃった。何の前触れもなく、別れの挨拶もしないうちに。
 「神さま、ひどい! むごい!」泣きながら神さまにくってかかったけれど、清子さんはもう戻ってこなかった。

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 5月6日に、カトリック鶴見教会で、お通夜。7日に葬儀ミサ、告別式。そしてそのまま火葬場へ。
 たくさんの方のご会葬があった。
 通夜の時には英隆一朗神父(イエズス会)告別式では晴佐久昌英神父(東京教区)の弔辞があった。

 あれから20日がすぎて、ようやくこのブログと Facebook で公表することにした。お知らせが遅くなってしまってもうしわけなく思っている。この「像の背中 −旅立つ日」を見て、ようやく発表する気になった。

 ともかく清子さんへの生前のご厚誼、ご厚情、本当にお世話になったこと、私たち夫婦を支えてくれたことに心から感謝を申し上げたい。ありがとう。
 おかげで私は清子さんとの、神さまに祝福された幸福な結婚生活をおくることができ、そして清子さんを神様のもとへお返しすることができた。本当にありがとう。

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