わたしの好きな新川和江さんの詩

新川和江詩集「それから光がきた」(水内喜久雄選・著 理論社)を読んだ。
詩集を読む時は、1ページ読み終えると目をつぶって、その詩の言葉を味わい直すということをする。この人の詩はイメージを描きやすい詩である。

特に次の詩が気に入った。

 

生きる理由

  数えつくせない
  この春ひらくつぼみの一りん一りんを
  若いうぐいすの胸毛のいっぽんいっぽんを
     だからわたしは 今日も生きている
     そうして明日も

  歌いつくせない 
  喜びの歌 悲しみの歌 そのひとふしひとふしを
  世界じゅうの子供たち ひとりひとりのための子守歌を
     だからわたしは 今日も生きている
     そうして明日も

  歩きつくせない
  人類未踏の秘境どころか いま住んでいる
  この小さな町のいくつかの路地裏さえも
     だからわたしは 今日も生きている
     そうして明日も
 
  汲みつくせない
  底のない桶をあてがわれているわけでもないのに
  他人の涙 私の涙 この世にあふれる水のすべてを
     だからわたしは 今日も生きている
     そうして明日も

  愛しつくせない
  昨日も愛した 一昨日も愛した けれどもまだ
  口いっぱいにはしてあげられない あのひとを
     だからわたしは 今日も生きている
     そうして明日も

特に「歩きつくせない」という3段落目がいい。「今住んでいるこの小さな町のいくつかの路地裏さえも、歩き尽くしていないのだから、わたしは今日も生きている」というのである。この感覚がわたしにもある。

選者の「はしがき」で「子どものために読んでほしい詩として」次の詩が紹介されている。これもとてもいい。

   いっしょうけんめい

  いっしょうけんめい泳いだら
  いつか 魚になれますか
  尾ひれが生えて すいすいと
  沖まで泳いで ゆけますか

  いっしょうけんめい はばたいたら
  いつか 小鳥に なれますか
  つばさが生えて ゆうゆうと
  広いお空が とべますか

  いっしょうけんめい 背のびをしたら
  いつか ポプラに なれますか
  みどりの葉っぱを そよがせて
  風とおはなし できますか

  いっしょうけんめい 咲こうとしたら
  いつか お花に なれますか
  ひかりと水に 愛されて
  わたしもきれいに さけますか

この詩もいい。詩は平易で分かりやすい方がいいと思わせる詩である。
いつか子どもにこのような質問をされたら何と答えようか、悩んでしまった。詩は分かりやすくてもこの質問に答えることは難しい。

  それでも花は咲いている

  故郷の川は汚れて
  魚はみんな死んだのに
  それでも花は咲いている
  水辺のむらさきつぼすみれ
  いのちのひみつをおしえておくれ
  花よ 花よ 花よ

  この街の空も汚れて
  小鳥の影は絶えたのに
  それでも花は咲いている
  舗道のわれ目のはこべぐさ
  いのちのつよさをわたしにおくれ
  花よ 花よ 花よ

  家々の窓は閉ざされ
  こどもはのどが痛いのに
  それでも花は咲いている
  小さな日溜り花サフラン
  いのちのあかりを灯しておくれ
  花よ 花よ 花よ

「いのちのひみつ」「いのちのつよさ」「いのちのあかり」いずれも、わたしも教えてほしいと思っている。

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