「次兵衛岩」に再びいきました。

8月2〜5日の長崎での「宗教倫理教育ワークショップ」のあとオプションツアーで外海地区を巡礼しました。5日に黒崎教会、枯松神社、遠藤周作記念館、ドロ神父墓地、バスチアン屋敷あと、出津救護院あと、大野教会などをまわりました。そして6日の日は「次兵衛岩」です。

長崎市外海町から車で20分ほどいったところに、「次兵衛岩入り口」の看板がありました。そこから10分ほど下って、神浦川ぞいにいくこと約1時間。川沿いにマリア像が見­えてきました。
そこから急坂を10分ほどよじ登ったところに「次兵衛岩」がありました。

ここは1630年頃、キリシタン・伴天連の金鍔次兵衛神父が潜んでいたといわれる洞窟です。
金鍔次兵衛神父は「魔法使いの伴天連」といわれていたほどに神出鬼没で、あるときは長崎奉行所の馬丁となって、牢につながれていた宣教師や切支丹信徒たちを励まし、あると­きは江戸に行って家光将軍の小姓たちに洗礼を授けるということをします。
何度も山狩りをしてもつかまらずに奉行所の役人を悔しがらせるのですが、ついに密告によってつかまってしまいます。すさまじい拷問にも屈せずについに殉教死します。163­7年、次兵衛神父37歳の時でした。

川沿いに登っていくときにマムシに会いました。この時期はここはマムシがおってねという言葉に一瞬ひるんだ私たちですが、ガイドの方がマムシ退治をしてくれてなんとかこの­巡礼を成し遂げました。

私はここを訪れること2度目ですが、もう一度いってみたいと思わせる不思議な聖地です。ここに来るとなぜか大きな力をもらえるような気がするのです。

ちなみに次兵衛神父がマニラで司祭になったあと、日本に帰ることをマニラのアウグスチノ会は許さなかったのですが、かれはローマの総長宛に日本への帰国を認めてもらうよう激烈な手紙を書きました。その手紙はここにあります。

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